2017年の九州豪雨で被災した福岡県朝倉市の長期避難世帯は1日、全面解除となったが、対象だった小河内(こごうち)地区(集落)は住民が戻らず「集落消滅」の危機に直面する。別の対象区でも「安全が確保できない」などとして、別の場所に新たに自宅を購入した人が多い。豪雨から4年を経て、古里を離れざるを得ない住民の苦悩がにじむ。
防災対策工事のためのトラックが、山肌が崩れたままの小河内集落を往来する。集落を流れる小河内川の上流には高さ約5メートル、幅約48メートルの砂防ダムがそびえる。さらに1基を建設中だ。
17年7月、豪雨により川が氾濫し、住宅を流した。集落で生まれ、数十年暮らす高齢女性も自宅が被災し、今は市営住宅で暮らす。
豪雨までは、十数世帯約50人が暮らしており、みんな知り合い。盆には住民が公民館に集まり、地区独自の歌と振り付けの「小河内音頭」を踊った。ご近所さんとの会話も楽しみだった。「集落全体が家族みたいだった」と振り返る。
そんな暮らしも豪雨で一変。国は小河内川から災害時に流れる土砂や流木をせき止める砂防ダム2基の建設を進めた。県は18年10月、二次被害の恐れがあるとして、他の5地区とともに長期避難世帯に認定した。
砂防ダム建設には広大な土地が必要。「自分たちが我慢をして誰かの命が助かるなら」と女性を含む、住民のほとんどが土地買収に応じた。長期避難は20年4月に解除されたが、集落に残って生活している住民は1世帯だけとなった。
「住民が減り、集落の再建は困難になった」。今春、集落の集まりがあり、区の解散について話し合った。解散は「集落の消滅」を意味するが、再建の妙案はなく、来年3月末で解散する方針を、行政区を取りまとめる同市に伝えることが決まった。「故郷を失うのはつらい決断だった」。女性は声を詰まらせた。
長期避難が1日に解除された黒松集落では15世帯中、14世帯が集落外での生活を選んだ。会社員町田秀紀さん(49)もその一人。「先祖が残してくれた家を大事にしたい気持ちはあるが、家族の命と生活が大事」
豪雨時、黒松では崖崩れで道路が寸断され、車が入れない「孤立状態」になり、翌日ヘリで救助された。子ども2人は学校にいて無事だったが「家に子どもだけの時に災害が起きていたらどうなっていたか」。そんな思いが頭をよぎった。
自宅は一部損壊、雨漏りで水浸しに。水道や電気を使うためには工事が必要。今でも道路は凹凸が目立ち、砂利が散らばったまま。自宅近くの斜面は防災対策が施されたが、崩れないという保証はない。「ここには住めない」。昨年、比較的安全な市内に中古住宅を購入、家族5人で暮らす。
「集落の再建は簡単ではないと思う」。町田さんはこう話した。 (西田昌矢)
からの記事と詳細 ( 豪雨4年、安全の保証なく…「ここには住めぬ」 故郷失う朝倉の被災者 - 西日本新聞 )
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