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Sunday, January 15, 2023

はじまりは地震2日後の電話相談 外国人被災者から1千件のSOS:朝日新聞デジタル - 朝日新聞デジタル

taritkar.blogspot.com

 28年前の阪神・淡路大震災では162人の外国籍住民が亡くなり、言葉や制度の壁のため、生活再建に苦労を抱える人が多くいた。それを支える活動が被災地で生まれ、「多文化共生」という言葉が社会に広まる一つのきっかけとなった。

 「地震の2日後に始めた電話相談が、はじまりです」

 一般財団法人「ダイバーシティ研究所」の田村太郎代表理事(51)は、1995年1月17日の地震直後を、ふり返って言った。

 23歳だった田村さんは、兵庫県伊丹市の自宅で被災した。高校卒業後に世界を放浪し、当時は大阪のフィリピン人向けレンタルビデオ店で働いていた。

 地震の翌日、同僚と車で店へ行った。商品棚がすべて倒れた店に、フィリピン人の常連客から「どうしたらいい?」と、次々に電話がかかってきた。

 神戸市内のガスタンクに亀裂が入って避難勧告が出たことを知り、現場近くに住むペルー出身の友人に電話をかけた。友人は避難勧告を知らず、慌てて自宅に呼び寄せた。

 日本人との接点が、ほとんどない人ばかりだった。

 これは何か動いた方がいい――。そう直感した。

日本人も外国人も 誰もが助け合い暮らすから

 参加していたボランティア団…

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1.17 再現/阪神・淡路大震災

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