能登半島地震では、今も1万人弱が避難所で生活しており、高齢者も多い。中には、食べた物を咀嚼(そしゃく)したり、のみ込んだりすることが困難な人もいる。そうした嚥下(えんげ)が難しい人の食を支えるため、栄養補助食品の提供が進んでいて、こだわりの嚥下食を差し入れる試みも始まった。 (佐橋大)
肉じゃがなどのレトルトのペースト食約6千袋、タンパク質も取れてのみ込みやすいゼリー約6千個…。嚥下が困難な人向けに、補助食品を製造販売するニュートリー(三重県四日市市)は1月10日から、自社の製品を被災地に送った。
「支援物資として届けられるパンなどは、実は嚥下障害の人には食べにくいもの。思うように食べられないと、栄養不足になり、フレイル(虚弱)につながる。無理に食べれば、のどに詰まったり、誤嚥(ごえん)したりする。少しでも力になれれば」。広報担当者は提供の理由をそう語る。
入れ歯をなくし、歯茎で食べている人、難病で嚥下の状態が悪い人…。今回の被災地にも食の配慮が必要な人は多い。石川県輪島市の福祉施設「ウミュードゥソラ」では、嚥下補助食品なども活用し、むせるのを防ぐためにとろみをつけたり軟らかくしたり、それぞれに合った形で食事を出すという。ここで福祉避難所を運営する看護師の中村悦子さん(64)は「さまざまな食の支援ができるのも皆さんのおかげ」と感謝する。
2月26日には、愛知県犬山市の和食店「関西」が、嚥下食の弁当「口福膳」=写真=50食を「ウミュードゥソラ」に運び込み、高齢者らを喜ばせた。ウナギのかば焼きやステーキなどを、見た目やおいしさにもこだわり、嚥下障害の人も食べられるように工夫したもの。輪島市の特別支援学校高等部2年生、西田能兜(よしと)さん(17)も自宅に届けてもらい、母の早百合さん(44)に体を支えられながら味わった。
能兜さんは、紫外線を浴びられない難病で、誤嚥のリスクも抱える。被災後はストレスのためか、嚥下の力が大幅に落ち、自分の唾液でもしばしばむせるように。早百合さんは、食材を細かめに刻んだり、軟らかくしたりして普段よりも気を使って調理してきた。栄養補助食品は慣れないためか、食が進まなかったといい、「このお弁当は『自分のもの!』という感じで食べてくれた。気にかけてくれる人がいる、というだけでうれしい。力をいただいた」と早百合さんは話した。
「被災地にも嚥下障害で食べたいものが食べられない人がいる。そうした人に食の楽しみを届けたかった」と「関西」の小島健一社長(46)。この弁当は冷凍のまま送れるため、今後も何らかの形で被災地に届けたいという。
摂食嚥下リハビリテーションが専門の日本歯科大の菊谷武教授は、嚥下障害は本人には重大な障害なのに、周りからは気付かれにくいと指摘。「被災時には、本人、家族は我慢せず、障害に配慮した食品の提供を求めてほしい。声を上げることで、メーカーなどが提供した物資が有効に使える」と話す。
一方で、被災直後は多様な食べ物は避難所に届きにくいため、「本人や家族も災害に備え、嚥下障害に対応したレトルト食品などを準備しておくといい」とも。ニュートリーも、その人の状態に合った食品を備えることが大切といい、試した上で、食べた分だけ買い足して備蓄するローリングストックを提案している。
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