食料品や生活必需品を買うために歩いてスーパーやコンビニへ出かける。私たちの日常生活の中で欠かすことが出来ない「買い物」。しかし気軽に買い物に行くことができない、いわゆる“買い物弱者”が年々増加しています。人口減少、さらには進む高齢化で岩手県沿岸部の被災地では、より顕著となっています。こうした“買い物弱者”を助けることになる「買い物支援」の“いま”と“これから”を考えます。
(NHK盛岡放送局 記者 橋野朝奈)
被災地の買い物支援のいま
岩手県沿岸部にある山田町田の浜地区は、東日本大震災で津波の被害に遭い、2019年の台風19号でも水につかる被害が出ました。地区を襲う度重なる災害で2011年3月1日時点で1275人いた住民が、ことし2月1日時点では591人と、半分以下に減少しました。震災での被害や人口減少もあり、地区の商店は次々と閉店していき、いまは最寄りのスーパーまで約7キロ。バスの本数も限られていて、朝に買い物に出ると、帰りは夕方になるといいます。車を持っていない高齢者にとっては1人で買い物をしようとするならば、1日がかり、さらにまとめて買おうと思っても、持ち帰れる量はわずかとなってしまい、非常に不便な状況です。
そんな中、被災者支援を行う財団法人が3年前に買い物支援を始めました。この地区への支援は4年前の台風19号がきっかけで、当時、「仮設住宅の交通の便が悪い」「バスの本数が少ない」「タクシーの往復料金は負担」などという声が多く上がっていました。東日本大震災に続いての被災で、経済的にも精神的にも大きな負担を抱える住民を支えようと、始まった取り組みでした。
買い物支援は、自宅に訪れるスタッフにお金を預けて欲しいものを買ってきてもらう“代行”か、スタッフが運転する車でスーパーなどに連れて行ってもらう“送迎”の2つの方法があります。利用者のニーズに合わせて支援を無償で行っています。
住民の佐々木テル子さん(86)は、ケガで腰を痛めたことを機に外出が難しくなり、買い物の代行を依頼するようになりました。
佐々木テル子さん
震災前は商店がいくつかあって近所でよく買い物をしていましたが、津波で全部流されてしまいました。代行では頼んだ物をちゃんと買ってきてもらえて、とても信用しています。
鈴木リヤ子さん(81)は、1人暮らしで足が悪く、車も持っていないことから送迎を利用しています。料理が好きだというリヤ子さん。取材に訪れた日は、送り先のスーパーで状態の良いイワシを見つけて買い、甘露煮を作るんだと嬉しそうに話していました。
鈴木リヤ子さん
やっぱり、自分で商品を見て買い物をしたいです。週に1回の送迎はとても楽しみです。バスだと重いものは買えないので、本当に助かっています。感謝しかないです。
しかし、順調に続いていた買い物支援はいま、存亡の危機に瀕しています。民間団体からの助成金を人件費などの運営資金に充てていましたが、ことし3月に助成金の期限が切れ、スタッフによる買い物支援は終了せざるをえませんでした。買い物が難しい住民を支えてきましたが、資金がなくては助け続けることはできないのです。いまは、山田町や宮古市のスーパーや公共施設などにチラシを貼るなどして、支援を続けてもらえるボランティアを募集しています。
共生地域創造財団 芳賀美智子さん
支援を続けていくには、人手も必要だし、財源も必要です。利用者の方があんなに喜んでいるのに活動をお休みせざるをえなくなったのは残念です。一刻も早くみなさんが買い物にいけるようにしていきたいです。
“買い物困難” 岩手県の状況は
いわゆる“買い物弱者”と言われる人たちが岩手県内にはどれくらいいるのか。それを表すデータが農林水産省が発表しています。スーパーなど店舗まで500メートル以上かつ自動車の利用が困難な65歳以上の高齢者を“食料品アクセス困難人口”としています。
この地図では、65歳以上の人口全体に占める“食料品アクセス困難人口”を、割合別に色で示しています。内陸の山間部では40%以上のオレンジ色となっていますが、沿岸部では50%以上の高い割合の赤色が目立ちます。
このデータは2015年時点のもので、農林水産政策研究所では2020年時点のデータを現在分析中です。分析チームの担当者は、「過疎化や高齢化が進む地域では、2015年で既に“食料品アクセス困難人口”は増えきっていて、今後は都市部での増加が顕著にみられると考えられる」と指摘しています。つまり沿岸部ではより高い割合となっていますが、決して沿岸部だけの問題ではないのです。
震災直後は、被災地で買い物の代行や送迎、それに移動販売などの買い物支援事業が各地でみられるようになりました。ただ、仮設住宅の解体や、運営資金としていた助成金の打ち切りなどのタイミングで撤退するケースもあり、当初から持続性が課題となっていました。買い物弱者はどこにどれだけいるのか?実は行政も実態を具体的には把握できていない状況です。
行政が補助金交付も 今後の担い手に不安
買い物支援には、どうしても必要な「資金」。行政からの補助金で、安定的に買い物支援を行う地域もあります。陸前高田市横田地区では、週に1度、ボランティアの地域住民が高齢者を商業施設や病院に送迎しています。
送迎に使うのはレンタカー。地元のレンタカー会社の協力で、出発地点の集会所に配車してもらい、さらに通常よりも割安の値段で借りています。レンタカー代などの運営費用は年間およそ70万円。このうち、市が補助金として50万円を支給し、残りは地区の資金でまかなっています。
ボランティアでドライバーをしている1人の多田幸喜さんは67歳。「少しの手助けができれば」という思いで、支援にあたっています。お年寄りたちを支えるドライバーも自らの仕事を退職した人たちなどが中心で、多田さんも今後、支援が続くかを危惧している面もあります。
ボランティア 多田幸喜さん
私たちはいまこうして元気にドライバーをしていますが、そのうち年齢を重ねていくとどうしても運転できなくなってくる。若い人たちがいかにこの取り組みに関わってくれるかどうかが課題だと思います。
陸前高田市は、買い物支援を重要施策としていて、来年度は横田地区など3つの地域に、それぞれ50万円ずつ、計150万円を支給する予定です。買い物支援を支えている市も継続的な支援が出来ていくのか課題を感じています。
陸前高田市 市民協働部 山田壮史部長
今は一定数ボランティアのドライバーさんに支えられていますが、このまま継続していけるかは、ひとつの課題だと思っています。また、仕組みを継続していくためには金銭的、財政的な部分も課題です。地区によって事情が違うので、どういった仕組みが望ましいかということは、住民のみなさんと一緒に考えていきたいと思っています。
専門家は
買い物支援には、どうしても必要となってくる「資金」と車を運転する「人員」の課題。買い物支援について研究する専門家は、持続的な取り組みにしていくためにはボランティア側のスタンスが重要で、今の基本的な支援の態勢を見直す時期に来ていると指摘しています。
流通経済研究所 折笠俊輔 主席研究員
誰かの為に無償で働くという気持ちだけだと、なかなか続かないのが実情です。『自分の住んでいる地域を住みやすくしたい』とか、『将来自分の親が支援を受けるなら、今から自分が支え手になろう』などという思いで、単なる奉仕型のボランティアではなくて地域の支え合いの中で支援が続いていくのが理想的です。お金が潤沢にあって取り組めている買い物支援は少ないです。ある程度ビジネスとして回るような仕組みを考えていく必要もあり、ビジネス的な側面と地域の助け合いをどのように融合していくかが買い物支援対策としては重要です
おわりに
買い物支援の現場を取材する中で、利用者の方が嬉しそうに買い物をする様子が印象的で、買い物が生きがいのひとつになっているのだと感じました。“買い物弱者”は、沿岸被災地に限らず、少子高齢化に伴う人口減少、各地で進む過疎化に伴い、日本全体で起こりうる問題です。いまはまだ決定的な解決策が見えていないからこそ、「買い物支援」について今後も取材を続けていきたいです。
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